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東京地方裁判所 平成3年(刑わ)2182号 判決

主文

被告人A、同Bをいずれも懲役三年に、同C、同D、同E、同Fをいずれも懲役二年六月にそれぞれ処する。

未決勾留日数中、被告人A、同C、同E、同B、同Fに対しいずれも六〇日を、同Dに対し八〇日をそれぞれその刑に算入する。

この裁判確定の日から被告人A、同Bに対していずれも五年間、同C、同D、同Fについていずれも四年間それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人Aは、甲野証券株式会社築地支店営業課長、同Cは、同支店営業係、同Dは、同社本店株式部売買係として、それぞれ顧客からの株式売買注文を受託し、これを注文どおり市場へ伝達する等の業務に従事し、同会社のため誠実にその職務を行わなければならない任務を有していたものである。

被告人Eは、株式会社乙山代表取締役で、八州丙川株式会社代表取締役Gとともに東京証券取引所二部上場の株式会社丁原株を大量に購入し、いわゆる仕手戦により株価を上げた後に右丁原株を売却してその売却益を得ようとしていたが、思うように株価が上がらず、保有する大量の丁原株の処分に苦慮していたもの、同B、同Fはいずれも右仕手戦に協力していたものである。

被告人らは、右Gと共謀の上、株式を電算処理で売買する場合には、注文を入力した証券会社に成立した売買約定どおりの精算義務が生じることを利用して、顧客から依頼された買い付け注文より一桁多い株式数を入力して注文させ、この注文に合わせて被告人E及び右Gが保有している株式会社丁原の株式の売り注文を出すことにより、右両名が所持している株式会社丁原の株式を大量に甲野証券に指値どおり買い取らせて処分することを企て、被告人らの利益を図り、かつ、甲野証券に損害を加える目的をもつて、被告人A、同C、同Dにおいてその任務に背き、平成三年四月一六日午後一時一四分ころ、東京都中央区《番地略》甲野証券築地支店において、同会社の株式売買等を電算処理するコンピューターに接続されている端末機を利用し、数量制限を解除するなどの方法を用いて、真実は顧客伊藤誠からの株式会社丁原の株式の買い付け依頼は八万株であつたのに、故意に八〇万株を買い付ける旨の注文を入力して、これを東京証券取引所に伝達させ、これに対して被告人らにおいて他人名義で同取引所に株式会社丁原の株式の売り注文を出し、右八〇万株の売買約定を成立させ、甲野証券に買い付ける意思のない七二万株の代金合計二一億一六八〇万円の支払い義務を負担させ、もつて、甲野証券に右金額と甲野証券取得の右七二万株の実際の株価との差額に相当する財産上の損害を加えた。

第二  被告人Bは予め入手した投資信託受益証券を利用して、株式会社戊田から融資金名下に金員を騙取しようと企て

一  昭和六三年九月二八日ころ、東京都中央区《番地略》共同ビル二階戊田東京支社において、同社嘱託員Hに対し、甲田証券投資信託委託株式会社単位型証券投資信託(バランスユニット八六第三回)受益証券一枚(一万口券、当初元本金一億円、記号H〇〇〇〇〇)は窃取したもので、これを担保に差し入れる正当な権限もなく、その所有者等から運用権限を委ねられた事実もないのにあるように装いながら、「私の大手客が、投信を担保に資金を借りて、積極的な運用をしたいと言つており、私に一任してくれている。オーナーは、名前を出したくないと言つているので、私の名前で取引してほしい。」などと嘘を言つて右投資信託受益証券を担保として四〇〇〇万円の融資方を申し込み、右Hを介して、戊田代表取締役Iをそのように誤信させ、よつて、同日、同所において、右Hから、利息分及び印紙代を差し引いた三九五一万八六八八円の交付を受けてこれを騙取した。

二  同月二九日ころ、前記戊田東京支社において、前記Hに対し、甲田証券投資信託委託株式会社単位型証券投資信託(バランスユニット八六第三回)受益証券一枚(一万口券、当初元本金一億円、記号H〇〇〇〇〇)は窃取したもて、これを担保に差し入れる正当な権限もなく、その所有者等から運用権限を委ねられた事実もないのにあるように装いながら、「この投信も昨日のと同じで、融資を受けるために、私がオーナーから預つているものなので、これを担保に融資をお願いしたい。」などと嘘を言つて右投資信託受益証券を担保として七〇八五万円の融資方を申し込み、右Hを介して、前記大塚をそのように誤信させ、よつて、同日、同所において、同支社開発部長Jから、利息分及び印紙代を差し引いた七〇〇〇万五二二四円の交付を受けてこれを騙取した。

(証拠の標目)《略》

(法令の適用)

被告人六名の判示第一の行為は、刑法六〇条、さらに行為時においては平成三年法律第三一号による改正前の刑法二四七条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては右改正後の刑法二四七条に該当するところ(被告人E、同B、同Fについてはさらに刑法六五条一項)、右は犯罪後の法令により刑の変更があつたときにあたるから同法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、被告人Bの判示第二の一及び二の各行為は、いずれも同法二四六条一項に該当するところ、判示第一の罪についていずれも所定刑中懲役刑を選択し、被告人Bについては、右は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第二の二の罪の刑に法定の加重をし、被告人A、同C、同D、同E、同Fについてはその所定刑期の範囲内で、被告人Bについては右加重をした刑期の範囲内で、被告人A、同Bをいずれも懲役三年に、同C、同D、同E、同Fをいずれも懲役二年六月にそれぞれ処し、各被告人に対し、同法二一条を適用して未決勾留日数中被告人A、同C、同E、同B、同Fに対していずれも六〇日を、同Dに対して八〇日をそれぞれその刑に算入し、被告人A、同C、同D、同B、同Fに対し、情状により同法二五条一項を適用して、被告人A、同Bにつきいずれも五年間、同C、同D、同Fにつきいずれも四年間それぞれその刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

被告人六名の本件犯行は、各人がそれぞれ多額の利益を求めることのみに急であつて、甲野証券に甚大な損害を与えることを意に介することなく敢行されたものであつて、その動機に酌量の余地はなく、本件犯行により甲野証券に与えた実質的な財産的損害は平成四年六月二日現在の株価を基準としても一七億四二四〇万円にも達するという巨額なものであり、しかも、その態様は、いわゆる仕手グループの者と証券会社本店株式部及び同社支店営業部の者が手を組んで周到な計画に基づいてコンピューターを操作して巧妙に敢行されたものであつて、本件犯情は悪質である。加えて、本件犯行が社会に与えた影響も軽視できない。

被告人Eは、仕手戦を通じて大量に購入した丁原株の処分に困るや、被告人B、同Fに右処分の協力を依頼するなどして本件犯行に多くの関係者を巻き込んでいること、本件犯行を通じて自己の丁原株を大量に売却しており、被告人六名の中ではもつとも利得が大きかつたと認められること、Gと連絡を取り合い、被告人B、同Fに具体的な計画を策定させるなど本件犯行における中心的な役割を果たしていることなどを考えれば、その刑事責任は最も重大である。

被告人B、同Fは本件犯行の特徴とも評すべき仕手戦グループの者と甲野証券内部の者との共謀を実現し、被告人Aらに具体的な指示を行うなど本件犯行実現に不可欠の行為をなしており、いずれもその責任は重大である。

これに加えて被告人Bは予め入手した他人の投資信託受益証券を利用して、融資金名下に二回にわたり合計一億一〇〇〇万円にもほぼ達するという多額の現金を騙取しているのであり、その責任も重大である。

被告人Aは、甲野証券築地支店営業課長の要職にありながら、その任務に違背し、自己の借金返済という自己中心的動機のために部下である被告人Cを本件犯行に加担させ、被告人Bらと連絡をとりながらC、Dらに犯行実現のための具体的な指示をしているなど甲野証券側の中心的な役割を果たしていること、報酬として受け取つた一億円のうち六〇〇〇万円が現実に借金返済にあてられており、その利得も大きいと認められることなど、その責任は被告人Eに次いで重いと言うべきである。

被告人Cは現実にパスワードを解除して、注文株式数よりも一桁多い八〇万株の買い注文を入力するなど現実の実行行為を行つていること、現実に報酬を受け、これを借金返済にあてていることなどその責任は重い。

被告人Dは自由になる金が欲しいなどという些細な動機からパスワードにより数量制限を解除する方法を教えるなど、本件犯行における不可欠の行為を行つており、その責任はこれまた重いと言わなければならない。

各被告人は、それぞれの役割に応じた責任を負わなければならない。

他方、各被告人とも反省していること、これまで全く前科がないか(被告人A、同C、同D、同B、同F)、罰金前科があるのみ(同E)であること、甲野証券との間で示談が成立していることのほか、被告人D、同Fは現実の利得がないと認められること、同Bにおいても、判示第一の罪については現実の利得がなく、判示第二の罪については既に返済がなされていること、同A、同C、同Dについては、犯行後まもなく会社に対して犯行を認めていること、甲野証券を懲戒免職され、社会的制裁を受けていると認められること、また、被告人A、同Cが受け取つた報酬のうち借金返済分にあてられたもの以外は甲野証券において回収していることなど各被告人にとつて斟酌すべき事情も認められる。

これらの事情を総合考慮の上、各被告人を主文掲記の刑に処するのが相当であると判断した。

よつて、主文のとおり判決する。

(出席した検察官)武田典文

(裁判長裁判官 北島佐一郎 裁判官 牧島 聡 裁判官 木太伸広)

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